松山地方裁判所 昭和26年(行)15号 判決
原告 三浦襄一
被告 愛媛県知事
一、主 文
被告が昭和二十六年三月二日附買収令書を以て為した愛媛県上浮穴郡弘形村大字大川字松ケ休場乙七百三十四番地山林十一町三反歩の買収処分は之を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求の原因として(一)原告は請求の趣旨記載の山林の所有者であつて、同山林は大部分約二十年生の杉檜の植林地である。而して愛媛県農地委員会は昭和二十二年八月二十日附を以て本件山林を含む総計約百四十七町余の未墾地買収計画を樹立公告して新規入植戸数三十戸の入植予定の下に所謂堂山地区未墾地買収計画を進めていたところ利害関係人四十数名の適法な異議並訴願等の手続の結果愛媛県知事は昭和二十五年十一月二十七日附を以て前記計画を一擲して買収面積を約三十六町歩に減縮すると共に地元増反のための買収として買収を実施する旨裁決し、引続き前記計画に基いて昭和二十六年三月二日附の買収令書を同年五月二十一日原告に送達して買収したものである。(二)然れ共本件買収は左の理由によつて違法である。
一、開拓適地選定の基準について
(1) 本件土地の買収計画は昭和二十三年七月から進められたのであつて、その計画の当初は前記の如く入植計画であつたものが、増反計画に変更せられたものであるが、同年秋頃から未墾地買収が当初の食糧事情に基く開墾意欲等による行過の段階から漸く国土保全、造林の要請等の観点から是正せられて来たもので本件買収計画は右反省の時期以前に計画せられたものである。而して所謂開拓適地選定基準は昭和二十四年一月十八日附次官通達として発せられたものである。それが更に改正農地法(昭和二十七年七月十五日法律第二百二十九号)同法施行令第四条に依り法令化された。同法第四十四条第一項第一号によると「開発して農地とすることが適当な土地」が買収の対象となつている。そしてその買収する土地の条件については同法施行令第四条にその基準が定められている。
(2) 本件土地の傾斜について
本件土地の傾斜は後記二において述べる通り法令に定める条件に当らない土地であるから買収の対象とするには不適地である。
(3) 本件土地の方位について
日本の置かれた地理的環境上農耕に適する土地の方位は南方に面した土地が最も適地である。然るに本件土地の大部分は北方に面しているため、太陽の照射時間が南面する土地と比して一日平均一時間以上も短縮されている関係にある。その他一般的条件が同一であつた場合でも本件土地は北面するため右の如き不利益があり、それは太陽を必要とする農業にとつて致命的であると云つて差支えない。この点において本件土地は開墾に不適地である。
(4) 気温について
被告主張に依ると気温は十二月において三度、最低二度とあるも昭和二十七年十一月十四日久万町(標高六百米)において〇・五度と新聞紙上に報ぜられているのであつて被告の主張には疑を持つものである。本件当初の入植計画においても「高冷地農業の試験的存在とする、そして当時の経済事情の下における食糧対策に寄与すべきである」としているのである。
(5) 土層について
土層は前掲基準によれば厚さ四十糎以上となつているが、本件土地に果してそれ以上の土層があるか疑なきを得ない。その他土性、礫の含有度につき本件土地は前記基準に適する条件を持つているかについても同様である。
(6) その他
潅漑水取得の能否の程度についても水路を施設することにより可能な程度のものでなければならない。そのために多大の費用を要するというのであれば、それは開墾地の収益と比較して不可能と認むべきである。又山間の中腹を開墾するのであればそこには平坦地で想像出来ない被害例えば猪、鳥類による農作物の被害、風力による被害その他その環境に支配せられる被害が想像せられるのであつて、此等の事も亦農業経営上到底看過せらるべきでない。本件土地の買収に当つては右のような被害が発生することは予め採算上或程度考慮が払われなければならない状況である。
二、本件地区は地理的に見て地元農地の増反の用に供し得るか否
本件地区と大川部落とは仮りに中心点を通路によつて結ぶときは、三粁乃至四粁以上の距離がある。しかもこれを通ずる道路を作つたとしても、その傾斜度は相当なものとなる。本件地区の土地の傾斜別面積の歩合は十五乃至二十五度が二一・四%、二十五度乃至三十度が一七・一%、三十五度以上が五三・八%にして即ち三十五度以上が半分以上もあるのである。かような遠距離の而も傾斜の甚しい土地を耕作するために払わなければならない労働力は想像に絶するものがある。殊に本件地区の地方では開墾後一、二年は多少土地に生産力があるが、三年目頃からは相当多量の肥料と労働力を注ぎ込まねば玉蜀黍でも全然収穫出来ないと云われているのであつてかような立地条件の土地は農業の集約的経営には適しない。更に又本地区が開墾された場合の作物について被告は玉蜀黍、雑穀等であると主張するけれども昔から水田は日本農業の中心であり、水田化可能地が相当程度あつてこそ農業経営も経済的に立つて行くのではなかろうか、又農地法施行令第四条において農地適地の傾斜は十五度以下であることが原則とされているのである。本地区は特別の理由に依つて例外を認め二十五度以下としているけれども、それは決して経済的によいとは云われないが、已むを得ない措置であることは被告も認めているところである。要するに之等の事項は何れも地理的条件が経済的に見て増反に適しない場合である。
三、本件土地と治水との関係
本件堂山地区は弘形村大川部落の奥に位して地形の示す如く、大川部落を流れる大川の水はその八割が本件地区に発しているものである。かかる地理的関係に立つ本地区の樹木を伐採して之を開墾する場合には戦時中及戦後の膨大な木材需要を充足するため乱伐が続き森林が荒廃したため、その下流地域において水害の多くなつて来ている趨勢に益々拍車をかける結果となるものであつてその非なることは明らかであり、年々森林復興国土緑化の重大性が国民の與論となつて来ているものである。かような意味において本件地区は大川部落を旱魃から救い洪水から救うために、更に樹木を繁茂させて自然の一大貯水池とする要があり、決して開墾などせらるべき地区ではない。
四、本件地区を開墾して農地とする方が国民経済的にみて一層有利であるか否
本件地区は現況において三十六町歩の内三十二町七反歩は林地である。而してその樹木は幼壮齢林又は三十年生位の杉、檜を主とする造林地が大部分であり、それは永年造林のため努力が払われたため国土保全並国民経済上非常に価値ある林地である。特に本件土地を含む附近一帯の林地が造林地として又電源開発の重要な水源地としても国民経済と密接な関係を持つているのである。
之等の樹木を伐つて本件地区の土地を開墾して農地とすることは国民経済的にみて有利な措置とは考えられない。新農地法施行法第十八条は「造林計画に係る伐採跡地等及造林地については農地法第四十四条又は第五十九条の規定による買収をすることが出来ない」と買収の制限が定められている謂である。他面森林法の改正により幼齢林の伐採制限が強化されて来た趣旨を考慮に入れるならば、本件地区を買収の対象とすることは森林法の精神にも反し、又全国民の重大な関心事となつている国土緑化、森林復興の趣旨にも反するものである。殊に本件地区の土地は水田にして僅かに反当米八斗、畑地にして玉蜀黎反当六斗の生産力しかない耕地を若干獲得せんが為に重要な造林地を開拓することは国民経済的に見ても得策とは謂えない。
五、その他本件買収は当初入植のための買収であつたものを増反の為めの買収に変更されたことは既に述べた通りであるが、入植計画であれば多少国庫補助もあると思われるが増反の場合にはその実施費用は誰が負担するのであろうか、被告の計画に依れば開墾作業費は二百四十万八千円で内助成額は僅かに十一万余円にして非助成額二百二十九万余円となつているが、その非助成額の費用負担は受益者が負担する外ないように思われるが果して増反希望者にその負担能力があるのか。その能力なき場合は県開拓課の計画は実施の面において困難に遭遇することになり、徒らに右面積の九割を占める杉、檜等の人工幼壮齢樹を伐つたのみに終り、未墾地買収の目的を達せざるのみか造林行政の方針に全く相反する結果となる。
叙上の理由に依つて本件買収処分の取消を求めるため本訴請求に及ぶと陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として(一)、原告が未墾地買収取消請求をした本件土地は、右土地を含む百九町歩の開発適否について、昭和二十二年五月十二日開催の愛媛県開拓委員会適地審査部会に対して諮問した処同部会は実地調査の結果之を開発適地として答申している。愛媛県農地委員会は右の内開発適地百三町歩を対象とし更に本地区を開拓するとすれば入植者を創定する予定のもとに附帯地(薪炭、採草地等)四十四町歩を含め計百四十七町(公簿面積)を自作農創設特別措置法第三十一条第一項の規定により未墾地買収計画を樹立した。原告は右買収計画に対して異議の申立を行つたが、同委員会は実地調査の上慎重に審議した結果之を却下している。原告は異議の決定を不服として更に訴願を提起したので被告は農林次官通牒(乙第一号証)を参考にしてなお科学的に厳密な調査を行つた上該地の開拓計画を樹立した結果、愛媛県農地委員会の買収計画に修正を加え、即ち入植地と予定したものを増反用地に買収計画面積を三十六町七反十七歩に改訂する趣旨の裁決を行つている。原告は本件土地の未墾地買収計画を不当であるとして愛媛県森林組合連合会を動かして参議院に対し請願を願い同院はその調査方を農林省に委嘱したので、同省は昭和二十三年十月十一日より同月二十一日まで開拓局(現在は農地局)林野庁の合同調査を行いその結果を参議院に報告すると共に昭和二十四年十月十四日附でその要旨を被告に通知しているが、その内容においても本地区の内四十五町歩は開発適地であることを認めている。本地区の開発計画については買収決定した土地の上にある立木が収去され次第開墾に着手すべく増反者二十一名、入植者一名の選考を完了し現に待機している。被告は前述の様に数度に亘る調査の結果と各種機関による調査報告を資料に之等を綜合して開拓計画を樹立して本行政処分を行つたのであつて、原告申立の様に本地区が開発不適地であるとは思つていない。従つて原告主張の違法処分は全くない。仍つて原告の本訴請求は理由がない。(二)、被告は農林省の委託により本件土地について開発計画を樹立したのであるが、その計画内容の要旨は別紙の通りである。而して農林省は右計画書を審査の結果之を適当と認め、昭和二十五年八月十日附を以て之を認証している。本地区の開発計画は弘形村が事業主体となり、国庫の補助を得て工事に着手する予定である。
以上の様に本件土地は開発適地として農林当局においても之を認め、事業地区として決定している点からみても開拓適地であることは疑をはさむ余地がない。と述べた。(立証省略)
堂山地区開拓計画の要旨
第一、概要
一、本地区の概要
本地区は予讃線松山駅より南方四一粁の地点上浮穴郡弘形村大字大川堂山に位し国道、県道、林道により地区の入口迄通じ交通の便よく標高は七四〇米乃至八六〇米(平均八〇〇米)で狼城山山腹東面であつて、当初買収計画当時は一地区であつたが訴願の裁決により二地区に分れ、堂山地区約二五町七反歩(久万造林株式会社の土地を含む)と三浦山(豊久部落上部)一一町三反の間は一粁余にして尚両地区をつなぐに等高線沿いに耕作道あつて増反者は両地区に亘るもさしたる不便なきまでに関係ある土地である。両地区共傾斜は稍緩であり濶葉樹針葉樹の繁茂地である。
二、本地区採択の理由並沿革
近傍部落の経営規模は僅少にして殆ど零細農であるので、引揚者及農家の子弟の開拓熱盛んなので既に昭和二十三年七月より買収計画を進めて来たのであるが、異議申立並参議院に対する請願もあり、之に伴い農林省の綜合調査が実施せられ、その結果被告は昭和二十四年十月附農林省の指示及同年一月十八日改定せられた開拓適地選定基準に基いて同二十五年三月三十一日附を以て本件買収決定に対する訴願の裁決をしたのである。従つて二一戸の増反計画と既入植者一戸を入植として本計画を樹立した。尚右選定基準の設定は同条第十七条の一による例外容認により傾斜二十五度迄(但標高八〇〇米以下の部分についてである)を耕作地として利用し得るものとする。
三、現況及地元町村の諸条件の概要
本地区には古くより一戸当山林管理者として在住し、既に水田二反九畝を耕作し、畑地は伐替畑を合せて一町余耕作し又増反者も一、二ケ所増反用地として伐替畑を耕作しておる所もある。又其の他は草生地針、濶葉樹林である。尚地元部落は零細農家で食糧の一部を生産し、他は林業労務を主としたものである、従つて村内平均耕作面積も五、六反であるので増反希望が盛んである。
四、建設工事
建設工事としては道路は地区山麓迄車馬の通行可能な県村有及林道が通じて居り新規に計画する必要がない。飲料水も入植者に対して充分で、取水の為の特別な工事の必要を認めない。防災林としては年間を通じて微風程度で殊更に防風林を設置する必要なく、近接して存置せられている森林地帯は更に防風の役目を果している。
土壤浸蝕防止工事としては、此の為に必要なる森林地帯は買収計画より除外されたから此等の地域が土壤浸蝕を防止するので又耕作についても此の点を考慮して実施すれば充分土壤は保全せられる。排水施設も流域面積も狭少で特別に考慮する必要はなく、又潅漑施設も本地区には水田計画がないから之が必要を認めない。
従つて本件開拓の総費用は二四〇万八千円(内助成額一一万三千三二八円、非助成額二二九万四千六七二円)であるが、その内開畑費(二三七万円)が主たるものである。
五、土地分配計画の概要
(1) 耕地二六町三反の内既耕地六反三畝と合して三町四反を入植者に配分し残りを平均一町歩宛増反者に配分した。入植者には飲料水と労力の合理化のため二団地に谷川ぞいに配分し、残りは増反者の距離(耕地との距離は一、五粁以内に止めたこと)及交通状況を勘案して配分した。
(2) 附帯地は入植者に対しては耕地の四囲に一、九町を配分し残りを増反者用地(採草地)として各個に配分せず共同利用さすこととした。
本地区が主として増反用地であり建設工事の必要もなく地元の零細農家及既入植者(一戸)として開拓するのであるから地区外の産業其の他に及ぼす影響もなく、土壤浸蝕の心配も少く酸性矯正と適品種の取入れに注意すれば本地区の地元農家を専業農家に引上げる事となる。
第二、地区の概要
一、地形
位置、標高、実測面積は既に述べた通りであるが、地形は(1)堂山地区は北傾斜面で北部中央から南部に向つて深く嵌入する小溪流を挾んでこの両側に巾の広い傾斜面をもつている地貌複雑な山地であり、(2)三浦山は東より北面に向つて傾斜する溪谷と両外側を包含した山地である。
二、土壤の種類及生産力
(1) 堂山地区は秩父古生層の角岩、頁岩、輝線、旋灰岩を母岩とする上に火山灰を被覆する土壤で三浦山は秩父古生層の頁岩、砂岩を母岩として音地を被覆している。共に微酸性(平均酸度八、三)ではあるが、活性礬土のため酸性を現さない。塩基欠乏土であるから石灰の施用は絶対的で反当最低四〇貫匁程度は必要である事が認められる。燐酸吸収係数(平均一、七七〇程度)は他の開拓地土壤と類似するもので特に本地区が高低であるという理のものではないから一般耕地の施肥基準に反当成分で四〇〇匁程度の増施をなせば適当であると思われる。
(2) 開墾当初に於ける生産力は火山灰を被覆しているため或程度極限せられ小であると思はれるが、秩父古生層の角岩、頁岩を母岩としているため漸次上昇し生産力大なる土壤になるものである。就中馬鈴薯、大豆、小豆、玉蜀黍に最適であるからそれ等の栽培をすれば生育、収量共に良好である。
三、気象、
本地区の気象状況一般は別紙の通りであるが、尚霜は初霜十月下旬、晩霜五月上旬、無霜日数一六二日雪は初雪十一月下旬、晩雪三月上旬、無雪日数二四五日にして、根雪期間は一月乃至三月始まで三回位消えたり積んだりで約十五日位になる。風は主として、谷間沿いの東風なるも営農上支障を来す程度のものである。
右気象条件よりして本地区は二年三作である。尚本地区は気象其の他環境的立地条件よりして、主食作物は陸稲、玉蜀黍、雑穀を自給程度に止め、柿、栗及三椏の経済作物を取入れ肥育牛生産牛各一を取入れた農業経営を取る事とした。
第三、地区の現況
一、土地利用
(イ)宅地一畝〇、〇二七%、耕地六反三畝一、七〇三%、草生地三町歩八、一〇八%は何れも入植者の住宅地、耕地、採草地として利用、(ロ)林地三二町七反八八、三七九%、(ハ)伐採跡地三反〇、八一〇%は増反者の簡易開墾中、(ニ)道路二反六畝〇、七〇三%、水路一反歩〇、二七〇%がある。
二、其の他省略
第四、地元町村の経済的及社会的条件
一、地元民の経済的、社会的状態(弘形村)
(1) 職業別戸数
総戸数七六〇戸の内農業五四六戸、商業二三戸、工業一五戸、公務員六〇戸、林業八戸、其の他一〇八戸である。
(2) 経営規模別専業兼業別農家戸数
(イ)専業者三〇九戸、五七%にして、その内三反未満二六戸、三反―五反三一戸、五反―十反一六八戸、一〇反―一五反六二戸、一五反―二〇反二二戸にして
(ロ)兼業者二三七戸四三%にして、三反未満一六四戸、三反―五反七三戸である。
(3) 経営規模別農業々態別農家戸数
(イ)耕種のみ三八〇戸六五%にして、三反未満一九〇戸、三反―五反一〇四戸、五反―一〇反八六戸にして
(ロ)耕種と養畜一六六戸三五%にして、五反―一〇反八二戸、一〇反―一五反六二戸、一五反―二〇反二二戸である。
(4) 耕種状況
弘形村の耕種状況は概して水稲一二八・一町反収一・七九七石、陸稲〇・二町反収〇・二六三石、麦類一〇八・五町反収一・一一〇石、馬鈴薯二三・五町反収二二三貫、甘藷一三・八町反収三五〇貫、小豆一〇・一町反収〇・二〇〇石(間作利用)大豆五・六町反収〇・一〇〇石、玉蜀黍八五・〇町反収〇・七一六石、栗〇・五町反収〇・四〇〇石、ソバ一・五町反収〇・四〇〇石である。尚弘形村の営農組織は普通作が主であつて食糧作物を栽培している以外は特記すべきものなく現金収入としては家畜の肥育、製炭及伐木運搬等の林業労働による。
二、隣接地の一般的な土地利用状況
弘形村に於ける耕地は水田一二八町一反の内二毛作田三八町四反一毛作田八九町七反、畑一二六町歩である。地区近傍類似の土地利用状況は春夏作として水稲、陸稲、玉蜀黍、大豆、小豆、甘藷、秋冬作として、小麦、裸麦、蚕豆、菜種、馬鈴薯が栽培されているが、日蔭地にあつては冬期休閑している処もあつて冬季は約六〇%の耕地利用である。その他作物としては三椏及柿、栗であるが、耕地少き為団地をなしているものはない。近傍既着手地区の開拓地としては同部落に弘形地区(大川部落)七町歩総耕地面積六町歩あり昭和二十三年着工既に二〇戸の地元増反者が開墾を完了し春夏作として玉蜀黍、大豆、小豆、秋冬作として麦類、馬鈴薯を栽培している。近傍に入植地はなく全部地元増反地である。
第五、結論
一、生産性
(1) 本地区は近傍農地の栽培成績等から見て、陸稲、玉蜀黍、大豆、小豆等の栽培に有利である。
(2) 土壤は既述の通り火山灰土壤であるが、全酸度の平均八、三燐酸吸収係数の平均一、七七〇程度であるから酸性矯正並に燐酸補給は容易である。
(3) 本地区は濶葉樹林が多いから開墾の際之を利用して焼畑すると開墾当初から相当の収穫を上げ得る利点がある、尚濶葉樹林地以外は針葉樹の落葉等に依り焼畑が可能であるからこれ又同様である。
二、増反者及入植者の経済の難易並入植者の生活の便否 増反者は地元の兼業零細農家であり、既に一部の食糧を回収し林業労務者として働いているものであるが、終戦と共に家族が一戸当七乃至八名となり農業労働者は勿論労働単位が増加した割合に林業労働が増加せぬ為増反希望をしているのであつて、本地区の開発を鶴首している状態であつて、経済的には支障なく開発が行われるものと認める。
又入植者も本地区に古くより入つて借地を耕作し水田も造成して生活しているのであるが今回本地区買収と共に自作農として自立する為入植希望しているのであつて、既に一町近く開畑し水田二反九畝を耕作しているので経済的にも生活には支障なく合理的な土地を与える事によつて、健全な自作農となりうるものである。
三、工事の難易所要経費及竣工期間
本地区は耕作道路のみの計画であるから特記すべきものなし。
四、地区外の土地及他産業に及ぼす影響
飲料水利用以外に水源利用をしていないので他地区の影響は認めない。地元の零細農家を専業農家に引上自立させるのであるから部落に好影響はあるが悪影響はない。
気象表
一月
二月
三月
四月
五月
六月
七月
八月
九月
十月
十一月
十二月
年平均
自五月至九月平均
最高
最低
気温
二・〇
二・一
六・四
一二・八
一七・一
二〇・七
二四・三
二五・四
二一・八
一五・三
九・四
三・六
一三・四
二一・八
二五・四
二・〇
降水量
七八・三
七七・五
一〇五・四
一三七・七
一五〇・七
二五四・二
二二八・六
二〇九・九
二四七・九
二三・四
九五・五
九〇・六
計一、八九七・七
快晴日数
六・六
五・二
六・八
七・二
八・二
四・九
五・六
七・七
五・九
九・三
八・九
六・五
八三・三
曇天日数
一六・八
一五・八
一六・五
一七・七
一七・七
一七・四
一六・三
一三・七
一六・六
一三・〇
一四・二
一六・五
一九〇・二
降雨日数
一四・六
一三・七
一五・九
一二・八
一二・八
一四・九
一四・七
一四・六
一五・三
一一・四
一二・二
一四・六
一六八・三
三、理 由
(一)、請求趣旨記載の山林が原告の所有であること、愛媛県農地委員会は昭和二十二年八月二十日附を以て前記山林を含む総計約百四十七町歩余の山林につき自作農創設特別措置法第三十条、第三十一条に基き未墾地買収計画を樹立しその旨の公告を為し、新規入植者三十戸の入植予定の下に所謂堂山地区未墾地買収計画を進めていたところ原告は之に対し異議の申立を為したるも同委員会は之を却下し、更に被告に対し訴願を提起したものであるが、他面原告等利害関係人四十数名は参議院に対し請願を為したため、同院は農林省に対してその調査方を委嘱したものである。而して之等の手続の結果被告は昭和二十五年十一月二十七日附を以て前記計画に修正を加え即ち入植地と予定していたものを増反用地に、買収面積を約三十六町歩に減縮改訂する趣旨の裁決を為し引続いて該買収計画に基いてその手続を続行して原告の前記山林を買収する旨昭和二十六年三月二日附買収令書を同年五月二十一日原告に送達したことは当事者間に争がない。
(二) 次いで本件買収が違法であるか否を検討するに、未墾地として買収するには先ずその土地が農地として開発に適しているものでなければならないものであり、次には自作農を創設し又は土地の農業上の利用を増進するため必要がある場合でなければならず、第三には而も右は農業以外の他の観点例えば林業政策並治山治水その他国民経済的立場等諸般の事情を綜合してその必要の正当性がある場合でなければならないと解するを相当とする。そこで之等の要件につき検討する。
一、本件土地の開発適性について
成立に争のない乙第二号証の一部と検証並鑑定の結果の各一部と原告本人の供述によれば本件土地は上浮穴郡弘形村大字大川地内(所謂堂山地区開拓地の内東部地区である)にあつて、所謂大川嶺中腹北面部に位し標高は約千米にして本件土地の方位は概して北面し傾斜は十五度以下の部分が約三割、十五度乃至二十度位の部分が約七割を占めていることを認めることができる。乙第二号証中右認定に反する部分は採用し難い。而して成立に争のない乙第二号証の一部並成立に争のない乙第一号証に証人波多野透、同大野玉石の各供述を綜合すれば、本件土地の土性は概して古生層に属し火山灰を被覆する植壤土であつて酸性矯正並燐酸補給は容易な土地であること、又本件土地は近傍土地の状況から推測して陸稲、玉蜀黍、大豆、小豆等が適品種であること、又前記傾斜の点についても後に述べる当該地区の特殊事情により(二を参照)所謂農林次官の開拓適地選定基準の例外認容の範囲内にあること、従つて之等の事情に其の他土壤の厚さ(概して四十糎以上である)気象等の事情を彼是綜合すれば本件土地は適品種の取入れ適正な肥培管理を行うならば相当な生産を挙げうる土地であることを認めることができる。鑑定の結果並証人清岡禎一及原告本人の供述中右認定に反する部分はたやすく措信し難い。従つて本件土地は開発適地であると謂うことが出来る。然れ共前段認定事実に鑑定の結果の一部及検証の結果に証人清岡禎一及び原告本人の各供述を綜合すれば本件土地は本件買収の堂山地区内でも標高の一番高い所であつて農耕上冷害の恐が相当多大であること、本件土地の方位は前記の如く概して北面しているため太陽の照射時間は一日平均一時間以上短いこと、又本件土地の附近は一帯に植林乃至天然林地帯をなしているため農耕上蔭地になる部分が相当多いこと、又本件土地は地元大川部落の内本件土地に最も近い豊久部落から約十町以上の急峻な坂道によつて通行するものであつて、そのため営農上多大の時間と労働力を要するものであることを認めることができる。従つて之等の事情を考慮すれば本件土地の営農上の価値はより減少し、且本件土地を入植用地ではなく被告主張の如く地元増反用地に供する場合には開発適性の程度は比較的低く評価せざるを得ないものと謂わざるを得ない。
二、買収の必要性について
本件土地を含む所謂堂山地区買収計画は結局地元増反用地として樹立せられていることは既に述べた通りであるが、成立に争のない乙第一、二号証と証人大野玉石、同波多野透の各供述を綜合すれば本件買収当時における該地区所在の弘形村の一般的事情の概要は総面積五、七三七町歩耕地二九九町歩、山林四、一二四町歩にしてその比率は耕地は五・二%山林は七一・九%であり、之に対し農家戸数は五三七戸であり、該地区の近傍大川部落は農家戸数一三一戸、内自給農業八四戸その他四七戸にして又専業農家五八戸、その他七三戸、耕地面積七一町一反歩、耕作面積五反歩以下のもの六二戸であつて、経営平均面積は五反七畝歩であり、五反歩以下の農家は四七%もあつて零細経営であり、且同村において農家の次男三男及引揚者等五〇戸余があつた為地元増反の要望強く、開発意慾も亦旺盛であることを認めることができる。原告本人の供述中右認定に反する部分はたやすく措信し難い。従つて之等の社会的、経済的事情(之れ亦所謂開拓適地選定基準の内土地の傾斜の点における例外認容をなすべき特殊事情に該るものと謂うことができる)によれば本件土地は地元増反用地として買収するにその必要性ありと謂わなければならない。
三、正当性について
林業政策並治山、治水との関係について考察するに、成立に争のない乙第二号証の一部に検証の結果並証人清岡禎一及び原告本人の各供述を綜合すれば本件土地は約六割四分位が十分手入のしてある二十四年生の杉、檜の植林地、二割が樅の造林地、その余が雑木林地となつておりその隣接地は一帯に杉、檜の植林地帯をなしていること、従つて亦本件山林の附近は大川の水源地帯になつて居り該山林の上位にある大川部落有林は昭和二十七年初頃水源涵養保安林に指定せられたこと、本件地区は地質は比較的脆弱にして本件山林の下方山脚部は殊に急傾斜地帯が多いため所謂堂山地区中本件地域が比較的浸蝕の恐れが多いことを認めることができる。乙第一、二号証及証人大野玉石、同波多野透の各供述中右認定に抵触する部分は採用し難い。従つて本件土地並その附近一帯は林業政策上は本件買収地区内でも比較的重要な部分であり、且治山、治水上は却つて比較的危険性の多い地域に属すると謂うことができる。
四、結論
叙上説示の事情を彼是考合するときは結局、本件土地は地元大川部落の社会的経済的な特殊事情よりすれば増反用地として少しでも広い面積を提供するためその需要に応うべき土地であり、且買収適性を保有しているものと謂わなければならないけれども既に述べた通りその適性の程度は比較的低いものである反面本件土地は林業政策上の観点において比較的高価に評価せらるべきであり、又治山、治水の立場からも比較的多大の注意を払うべき部位に該るものと謂わなければならない。従つて本件土地を買収の上その地上立木を伐採開発して農地を造成することは国民経済的に見ても必ずしも得策であるとは認められない。仍て爾余の点に判断を進めるまでもなく本件土地買収の必要はその正当性がないものと謂うの外なく、本件買収処分は違法であるから之を取消すべきものとする。仍て原告の本訴請求は正当として之を認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。
(裁判官 伊東甲子一 橘盛行 西川太郎)